ギャギング

古い話になってしまいますが、1998年6月〜8月初旬まで、ぼくは長距離バスでロサンジェルスからニューヨークまで大陸横断を観光していました。いや、敢行していました。なんでそんなことをしていたかは、以前書いた通りです。

西海岸を旅していた時は、日本から近いせいもあり、日本人バックパッカーに多く出会う訳です。場所はロス〜サンディエゴ〜ラスベガス〜フラッグスタッフ(グランドキャニオン)あたりだったでしょうか。普段はシャイなぼくも、初めての一人旅のせいか、日本人に会うと積極的に交流してしまいました。本来はあまり親父ギャグ的な要素は持ち合わせていないのですが、アメリカの陽気な気候のせいでしょうが、内なるものが沸々とわき上がり、紙の刑事が下りました。いや、神の啓示が下りました。神はぼくにいいました。「ギャグマスターになれ」と。そこからぼくの“ギャガー”としての修行が始まりました。

会う日本人、すれ違う日本人、会話する日本人に対して、ギャギングを挑み続けたのです。いつの間にかぼくは“マスター”と呼ばれるようになっていました。なぜなら、日本ギャギング協会会長ギャグマスターと自称していたからです。アホですね。

でも1998年夏、折しも世間がワールドカップに浮かれる中、ぼくはアメリカで星になりました。いや、星になっちゃいかん。伝説になりました。流れ流れてニューオリンズについてしばらくした頃、同じく西海岸からやってきた日本人にこう言われたのです。

「知ってますか? なんだかギャギングとか言って駄洒落ばっかり言ってる日本人がいるらしいですよ」

それ、ぼくです! はいはいはいはい! それぼくです!

そうです。いつの間にかぼくは、アメリカを旅するバックパッカーの間でバカにされていたのです。いや、噂になっていたのです。この瞬間、ぼくはギャガーとして生きていくことを決意しました。というより、もはやそれは運命であり、背負い続けなければならない十時間だと感じたのです。失礼、十時か? じゃない十字架だと感じたのです。

そういう訳で、当ネタフルでも時折、みなさまをしびれさせる大人のジョークを披露させて頂いておりましたが、あれらは全てギャギングです。日本でただ一人のギャガーがお送りするギャギングだったのです! なんでこんなことを独白しているかというと、それは酔っ払っているからなんです。ビバ焼酎。

いや、違う。なんでこんなことを書いているかというと、ぼくの友人であり大切な友人でもあるブロガーの聖幸氏が、ノートPCの発熱で生殖能力低下というエントリーで「ネタフルのコグレは生殖能力が低下しているんじゃないか?」という挑戦状を叩き付けてきたのです。みなさん、どう思いますか? ごめん、離れていかないで下さい。