ぼくの祖父はよくできたデータベースだった

余丁町散人氏の視点「Weblog (blog) は高齢者活性化の鍵となるか?」 というエントリーを見て「もっと祖父からいろいろなことを聞いておけば良かったなぁ」と、久しぶりに思い直した次第。

余丁町散人氏は定年退職者が退職と同時に発言するチャンネルを失うことについて、次のように書いています。

そこで多くの人たちは嫌々ながら今までの蓄積を捨てて「第二の人生」となる。やりたくもないゲートボールや旅行が好きな奥さん孝行だ。悲しいではないか。彼等にはもっと社会的な発言チャネルが与えられて然るべきだと思うのだ。それが blog である。

同感です。そして、もし祖父がblogを書いていたならば、もっといろいろなことを聞けた(教えて貰えた)のではないかと思った次第。父方の祖父は既に他界しています。生まれも育ちも群馬県の山奥なのですが、ある夏に太平洋戦争に行ったときのことを話してくれました。何を聞いたのかはうろ覚えですが「まさと、戦争はやっちゃいけねえよ。何があっても戦争だけはいけねぇ」という言葉を、ときどき思い出します。戦争の話を聞きながら、人間をデータベースに例えるのは失礼とも思いながら、この祖父の頭の中には、まだまだぼくの知らない知識がたくさん詰まっているのだなぁ、でも祖父が亡くなればそれも無くなってしまうのだなぁ、と思ったことを思い出しました。もっと何かを聞いておくべきだったのではないかと、今でもそれが悔やまれます。

一般的にWeblogのハードルは高いように思われていますが、ASPサービスを利用すれば登録だけですぐに始められます。余丁町散人氏も薦めていますが、北国.tvなど、いいのではないでしょうか。Weblogを綴り始めれば、もうそこはボーダーレスの世界。是非、いろいろな話を聞かせてください。

母方の祖父は、もう長く入院中。ぼくのことを見ても、きっと思い出せないでしょう。ハイカラだったから、もし身体の自由がきけば、きっとWeblogを始めたのではないかと思います。ぼくのこの記録(Log)に、いつ息子は気づくでしょうか。それは一つの楽しみです。