2017 07 10 0941

1999年からシーズンチケットでのスタジアム観戦をしていますが、こんな光景には初めて出くわしました。

2017年7月9日、埼玉スタジアムで行われたアルビレックス新潟戦はなんとか逆転勝利を収めました(スコアは2-1)。ミシャが進退を賭けると言ったこの試合、選手、クラブ関係者、そしてサポーターが様々な思いの中で当事者となりました。

浦和レッズの試合では勝利すると「We are Diamonds.」を歌うという慣習があります。かつては歌うのはサポーターだけでしたが、今は選手たちもピッチで肩を組み歌うようになりました(槙野の発案により)。しかし必ず歌うというわけではなく、チーム状況が良くなければ歌わないという選択肢もあり、実際に勝利しても歌わないという試合は過去にもありました。

ただ、サポーターも新陳代謝し、また選手も一緒に歌うようになったからこそ、この「We are Diamonds.」の位置付けが変わってきたなと、また熱狂的なクルヴァと呼ばれる北川ゴール裏のサポーターとそれ以外のサポーターとの関係性にも微妙な変化があるのかな、と思うようなことが昨夜のアルビレックス新潟戦ではありました。

ひと言で説明すると、昨夜の勝利に対してクルヴァは歌わない判断をし、メインスタンド、バックスタンド、南側ゴール裏のサポーターは歌うという判断をしたということです。

自分のツイートをまとめておきます。

ぼくは今シーズンから南側のゴール裏で試合観戦をしています。多くの人がマフラーを掲げるも「もしかして今夜はクルヴァは歌わないのでは?」という予感がありました。連敗の後の勝利で、チームとしてはまだまだここからという状態。泥沼から片足が抜けただけのような状態で「勝利の凱歌」は‥‥という思いもありました。しかし、阿部勇樹のヒーローインタビューを意気に感じたのも事実。

一瞬、北側から「今日は歌うの止めよう」というような声が聞こえました。拡声器一つなので、なかなかその気持ちをスタジアム全体に伝播させるのは難しいと思いますが、恐らくほとんどのサポーターの耳には届かなかったのではないでしょうか。

個人的には「まだ歌うタイミングではない」という気持ちも十分に理解できますし、しかし「やっと勝利」だったり「阿部ちゃんを意気に感じた」という気持ちも理解できます。歌うべきか歌わないべきかということに関しては、歌いたい人が歌えばいいんじゃない、というのが正直なところです。

ただ、北のリードなしにスタジアム全体が「歌う」という意志を持ったことに驚きました。こんなこと初めてでした。歌いたいから歌う‥‥さざなみのように広がる「We are Diamonds.」は感動的でした。1人1人が声を出していく、これもまたサポートの一つの形であると。

そこで気づいたのが「We are Diamonds.」の位置付けが変わってきた‥‥ということでした。伝統は大事ですが、時代とともに移ろうものであるのだな、と。しかしここで、歌え、歌うな、でサポーターがバラバラになるのは得策ではありません。今は全力でチームをサポートする時。

一体になるべきところはなり、個々のサポーターが尊重されるべきところではされる、そんな関係性が築けるのが良いのでは‥‥と思った次第です。理想論ではありますが。