社長夫人が見てきた「はてな」という記事。

「うまくいくはずがない」――2000年の末、京都は木屋町のアイリッシュパブ。カメラマンだった近藤淳也さんが突然「ネットビジネスを思い付いた」と語り出した。

近藤社長と令子さんがどのようにして出会い、そして恋に落ち、結婚して「はてな」という会社を立ち上げたのか。そのエピソードが読めます。

今をときめくIT社長のプライベートをちょろっとのぞき見してしまった気分です。そうかぁ、近藤社長が骨折して入院した時に、お二人は親密になった訳ですかぁ。とかそんなゲスな読み方をしていてはいけないと思うのですが、ラブストーリーに釘付けになってしまいました。

しかし自転車レースやカメラマンをしていた近藤氏が、いきなりネットビジネスを思いついた、そしてそれが人力検索だと打ち明けられた日には、それは令子さんも驚いたことでしょうね。ぼくも初めて「はてな」を知った時は驚きましたから。

2000年11月、淳也さんはカメラマンを辞め、プログラミングの勉強を始める。なけなしの資金でソーテックのデスクトップとIBMのThinkPadを購入。

って完全にアイデア先行ですよ! それでいて技術者集団を引っ張るまでになっているんですから、近藤社長の底力恐るべし。

かつての近藤社長を評して「若いのにしっかりして、“目力”のある人だと思った」と言っているのですが、そうなんですよそれ。ぼくもかねがね思っていましたが、近藤社長の目には狂気が宿っていると思います。何が見えているのか常人には計りかねますが、きっと特別なモノが見えているはず。

 「吉祥寺で見つけたんです」――そう言って見せてくれた胸元のペンダント。

そんなキュートな令子夫人に支えられ、はてな、そして近藤家がある訳ですね。

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でもさすがに、朝のミーティングで、社長が突然カタコトの英語でしゃべり出した時には辞めようかと思った。

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技術志向ではなく、プログラマーも数年で管理職になっていく会社。業界雑誌で最新技術のネタを仕入れても、話が通じる人はほとんどいなかった。「このままでは腐ってしまう」と焦った。