「げきを飛ばす」誤解7割 文化庁の日本語世論調査という記事より。

「げきを飛ばす」「姑息(こそく)」「ぶぜん」について、70%前後の人が本来の意味とは異なる意味で理解していることが29日、文化庁の日本語に関する世論調査で分かった。本来の表現ではない「的を得る」「押しも押されぬ」を誤って使っている人も半数を超え、慣用句などの誤用が広がっている。

分かりましたか?

げきを飛ばす → 自分の主張や考えを広く人々に知らせて同意を求めること
姑息(こそく) → 一時しのぎ
ぶぜん → 失望してぼんやりとしている様子
的を得る → 的を射る
押しも押されぬ → 押しも押されもせぬ

けっこう間違えやすいかもしれませんね、これらは。なんだろう、言葉が持つ響きが誤解を生むんでしょうかね。「げきを飛ばす」とか聞くと、三島由紀夫が演説しているシーンを想像します。そう考えると、誰かに対して「げき」を飛ばすのではなく、「げき」というのは「自分の主張や考え」ということなんでしょうね。Yahoo! 辞書によると、

げき 【檄】
1 古代中国で、召集または説諭の文書。木札を用いたという。めしぶみ。さとしぶみ。2 自分の考えや主張を述べて大衆に行動を促す文書。檄文。ふれぶみ。

だそうです。「激」が連想されてしますから、他者に対して何かをする、というイメージになるのかと思いました。

さらに「姑息」は、

こ‐そく 【姑息】
[名・形動]《「姑」はしばらく、「息」は休むの意から》一時の間に合わせにすること。また、そのさま。一時のがれ。その場しのぎ。「―な手段をとる」「因循―」[派生] こそくさ[名]

だそうで、「しばらく休む」なんだ。「一時のがれ」「その場しのぎ」というイメージが「ひきょうな」という誤用になってしまうんでしょうね。

ついでに「憮然」も。

ぶ‐ぜん 【憮然】
[ト・タル][形動タリ]失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。また、意外なことに驚きあきれているさま。「―としてため息をつく」「―たる面持ちで成り行きを見る」

日本語って面白い。