週刊!木村剛にブログを毎日やって125歳まで生きよう!というエントリー。

アンチエイジング(抗年齢)は人間の歴史古来からのテーマであるが、人間はそのDNA構造から元来の生命学的寿命は125年余りあるらしい。最近のJTの健康飲料水セノビーの広告で、二十歳前のティーンエイジャーと思しき若者が「僕が引退するころは2106年頃かな」などとコメントするあたりは、人間の本来の生命学的寿命の125歳を意識しているようにも思われる。

一生懸命、脳を使いましょう、それにはblogをお薦めしますよ、というお話。すいません、端折りまくり。

セカンドライフで頭も身体も活性化する場が多様化してきているのは喜ばしい傾向だ。このぶんなら125歳という寿命が今後の予防医療研究で決して絵空事ではなくなる日がやってくるのかもしれない。そのためにも、ブログを毎日更新することで人とコミュニケーションするべきだろう。だからこそ、ブログを強く推奨しておきたい。

このように木村さん。確かに、毎日継続するものとしてはblogは良いかもしれませんね。

最近、自分の頭がネタフルと同化しつつあるのを感じます。というのも、気になる話題やメモしておきたい話は大概ネタフルに書いているので、ふと何かを思い出したときに「あ、これはネタフルで先月書いたな」と検索することがしばしばあるのです。頭の中に入りきらない情報がblogになっている感覚です。しかし、あまりそれが行きすぎると、かえって頭を使わなくなりそうで危険ですが(笑)

このように自分のアイデアの源泉として分身としてblogが存在するようになると、それがある日突然消えてしまうことの恐ろしさもありますね。

将来的にはblogを分析すると、書き手のパーソナリティーが分かり、人工知能に移植できる、なんていうことも可能になったりするのでしょうか。その人工知能との会話こそ、まさに自問自答。

そういえば、ぼくの祖父はよくできたデータベースだったというエントリーを書いたことも思い出しました。早速、検索して探し出しました。

木村さんがおっしゃる「継続は力なり」には同感です。ぼく自身はどちらかというと、あまりクリエイティブなこと(企画とか新発想とか)が得意ではないと思っているので、自分の存在意義を確かめるためには書き続けるということしかできません。なので、blogでもメールマガジンでも、ただひたすらに続けます。続けるだけではダメなのも重々承知ですが、それでも続けます。続けることでしか見えないものも、あると思うからです。