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U-23アジア選手権でオリンピック出場権を獲得したチームを率いる手倉森監督に、壮絶な過去があったことが明らかになりました。ベガルタ仙台で監督をしていた頃からしか知らなかったのですが、かつては鹿島アントラーズに在籍していたこともあったのですね。ギャンブル好きのようですが、手倉森監督、競馬で全財産1200万円する…鹿島クビで自棄、高かった授業料なんていう記事になっていました。

手倉森監督は一度だけサッカー界から身を引こうとしたことがある。選手時代の1992年、プロ化1年目の鹿島をクビになった時だ。「故郷の青森で居酒屋でもやろうか」。やけになって足を運んだのが競馬場。1200万円あった全財産の半分を1日で使い切り、翌日に負けた分を取り戻そうと残りの600万円で購入した1点買いも外し、無一文になった。

凄いエピソードですね、これ。手倉森誠 - Wikipediaを見ると鹿島アントラーズの前身となる住友金属に入団、ユース日本代表に選出されるなどしたようですが、1992年にプロ化した鹿島アントラーズをクビになり、それでヤケになって競馬に全財産をツッコんでしまったようです。

初日に600万円を使い、翌日に取り返すために残った600万円で一点勝負って、勝負師なのかそうじゃなのか、よく分からないエピソードですね。しかも、ヤケを起こしてやったことのない競馬に手を出した、訳でもないです。

住友金属時代はギャンブルに明け暮れ「酷い時にはパチンコ店に手倉森を探しに来たジーコの目から逃れるため、パチンコ台の下に隠れたこともある」というエピソードまであるそうです。ジーコ、優しい‥‥。

と、そんな波乱万丈な人生を送ってきた手倉森監督ですが、指導者にの道に入り、ベガルタ仙台をACLに導き、オリンピック代表監督としても結果を残しました。

今はギャンブルを絶っているそうです。