子供のころ、みんなが遊んでいるのに一人だけ先に帰宅するのがイヤでした。後ろ髪を引かれる思いは、今でも覚えています。

たまにしか会えない友だちが駅に向かう後ろ姿を、いつまでも手を振りながら見ていました。声が届かなくなり、姿が見えなくなるまで。

別れはいつまで経っても、寂しいものです。大人になって、少しは慣れたけど。だけど「永遠のさよなら」だけは、どうしても慣れません。

妹の義父が、先週の金曜日に他界されました。

若い頃は厳しかったと聞くけれど、とてもそんな風には見えない、もの静かで優しそうな方です。

近所に住んでいたので、何度もお会いしたことがあります。釣りが好きで、たくさん釣れた時はお裾分けを頂いたりもしました。

3人の孫たちは、おじいちゃんのことを覚えているかな。いちばんのちびっ子は1歳7ヶ月。忘れちゃうかな。でも、心のどこかに思い出をしまって大きくなるんだろうな。

お焼香させて頂きながら、棺に花を納めながら、妹がお世話になったこと、これまでの感謝を心の中で。

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昨年の悲しみも癒えぬまま、妹家族には新たな悲しみが降り注ぎました。人はいつか死ぬ。当たり前のことですが、自分の近しい者が死ぬことは、あまり考えません。

むしろ近親者がこの世を去ることは、悲しみというよりも、身体の一部をはぎ取られるような、痛みに近いものなのかもしれません。

どうしようもないほどの悲しみですが、故人が本当の別れというものを身を以て教えてくれているのだと、そう自分に言い聞かせながら、手を合わせながら。

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棺には自分で作ったという釣り竿が収められたと聞きます。

献杯の挨拶に立った故人の2歳年上のお兄さんは言いました。「今頃、三途の川で釣り糸を垂れている頃でしょう」

故人のあの世での大漁を願いつつ、合掌。