秋の日の旅立ち
2007年11月09日 11:25
こんなに悲しい日記を書くことになるとは、1年前には思いもしませんでした。11月8日9時54分、母が息を引き取りました。
ちょうど1年前、約1ヶ月の咳が続き、その後の検診で肺に影があることが分かり、専門病院へ。
年が明けた2007年1月、告知。肺がんの3a期と診断されました。
3月から入院、抗がん剤投与、放射線照射による治療が3ヶ月。その後、イレッサを飲み6月、がん細胞が消えたり縮小していることが分かり、希望を見いだしました。
しかし8月、肝臓と脳に転移。再び入院。再度の抗がん剤投与、放射線治療を行います。
10月に発熱、入院。退院するも薬の影響からなのか寝たり起きたりの日々。このまま寝たままになってしまう不安から、薬を調整してもらい、再び意識がはっきりと戻りました。
10月下旬からは、父と二人で付きっきりで看病をしました。特に父は仕事も辞め、炊事に洗濯、掃除を全てこなしていました。
意識ははっきりしたものの、酸素が足りなくなり、ベッドに座り鼻から酸素吸引を行う母。そのかたわらでブログを更新する息子。
聞きたいことはあったけど、聞けばすべてが終わりそうで、何も聞けませんでした。静かに時間は流れていきました。
11月に入り呼吸は苦しくなったものの、少し元気を取り戻したかに見えました。最後の週末、家族が集まり食事。この前後、夜はたびたび、息苦しさを感じていたようです。
11月7日0時10分、隣の実家でペットの犬が吠えているので、少しおかしく思っていると、父から電話。「至急、救急車を」
自宅での酸素吸引では間に合わず、呼吸困難になり母は専門病院へ。モルヒネの投与。明け方近くまで、息苦しそうでしたが、名前を呼んでもらい、そしてぼくは母を抱きしめました。
近頃は、息苦しいために全く横になることができませんでした。ベッドを起こし、座った状態の母を残し、一時帰宅。
昼間には家内や子どもを連れ、再び病院へ。苦しそうでしたが目を開き、にっこりと笑いかけてくれました。
11月8日、5時30分過ぎ、脈が弱くなっているとの電話。すぐにクルマでかけつけました。6時30分、既に意識のない母と対面。
あっという間に3時間が過ぎた頃、母の呼吸が浅くなり始めます。「脈が弱ってきています」父、妹と母の名を呼びました。
子どもの幼稚園の参観がある妹は「お母さんならば行きなさいというはず」として、10時過ぎには病院を出ることに。
しかし9時45分過ぎ、いっそう呼吸が浅くなっていくのが分かりました。最期の瞬間を迎えていることは、よく分かりました。
そのとき。もう見えていないと言われた母が、その目を開きました。そして周囲を見渡し、口を開きました。酸素マスクの中で、口を開きました。
きっと「ありがとう」と言っていたのだと思います。ぼくも母に、何度も「ありがとう」と繰り返しました。「もう頑張らなくていいよ」
そして、静かに、眠るように息を引き取りました。
//////////
まだ部屋には母がおり、死んでしまったという実感がありません。
弔問に訪れてくれる人は口々に「優しい人だった」「天使のような人だった」と言ってくれるのです。
ぼくはずっとそばにいたから、母の優しさを当たり前のように受け止めていたのですが、特別な愛情をもって育ててくれたことに、ようやく気づくことができました。
今日も朝早くから、母に会いにきてくださる人がいます。そして「優しい人だった」といってくれます。
人見知りをする母だと思っていたのですが、携帯電話を見ると知らない人の名前もたくさんあり、小学校時代からの友人もいれば、趣味のともだちもたくさんいました。
父もぼくも知らない間に、落ち込んでいる人のところにいき、話し相手になっていることもしばしばだったようです。全く知りませんでした。
ぼくは、母を誇りに思います。
//////////
呼吸が止まった瞬間、もう母が辛い思いをしなくて良いかと思うと気が楽になりました。
しかし時間が経つにつれ、後悔の念も出てきました。
結果的に、抗がん剤や放射線が母にとって良かったのかどうか分かりません。もしかしたら他にも方法があったのかもしれません。親孝行ができたのかどうかも分かりません。
ただ写真を整理すると、いつも笑顔の母がいました。
他の人に比べると59年の生涯、少し短いかと思われるかもしれませんが、幸せな人生だったのだと、信じています。
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日曜日に通夜、月曜日に告別式。家族全員で母を見送ります。
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ネタフル更新休止のお知らせを書いたことで、結果的に心配をおかけしてしまった方もあったようで申し訳ありませんでした。
更新しないことで心配して下さる方もいるので、母が入院した直後、しばらく更新はできないと思い告知いたしました。
でも、思ったより早く戻ってこれそうです。ただ、もう少し時間をください。
コグレマサト@ネタフル
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