浦和レッズ初代監督・森孝慈、死去

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浦和レッズの初代監督で、GMも務めた森孝慈氏が腎盂がんで亡くなりました。67歳でした。

オフィシャルサイトにも「訃報」として出ていました。

浦和レッズの初代監督でゼネラルマネジャーも務められました、森 孝慈 様(享年67歳)が、本日、2011年7月17日(日)午前9時21分に、腎盂がんのため、ご逝去されました。
故人のご冥福をお祈りし、謹んでお知らせ申し上げます。

本当に浦和レッズのことが好きで、クラブを離れた後も心配してくれている人、という印象を持っていました。

唯一、森さんを間近に見たのは、今はなき浦和駅西口にあった地下一階の居酒屋で。

当時はアビスパ福岡のGMをされていたと思いますが、店に居合わせたサポーターからの“森コール”にこたえ「俺は浦和が大好きだー!」と絶叫されていたと記憶しています。

もう一度、浦和レッズでのGM職を見てみたい方でした。心よりご冥福をお祈りいたします。

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