生まれてから1歳、2歳くらいまでの間というのは、目に見えて子供は成長していきます。

こっちを見ただとか、笑っただとか、指をしゃぶっただとか、寝返りしたとか、お座りしたとか、つかまり立ちしたとか歩いたとかしゃべったとか、体重が増えないとか増えたというだけでも一喜一憂してしまいます。

その後もズンズンと成長していくのですが、幼稚園に通いだす頃になると、一挙手一投足に成長を感じる機会というのも減ってくるのかな、と思います。

息子の通う幼稚園では、土曜日に園庭開放をしています。近所の子供たちが幼稚園の庭で遊ぶことができます。特に幼稚園選びをしているような家庭にとっては、この園庭開放は重要だったりするでしょう。

どんな先生がいるのか、どんな子供たちが集まってくるのか、どんな設備や遊具があるのかなど、外からでは見ることのできない幼稚園の様子を知ることができます。

息子が3歳のおり、この園庭開放に行ったことがありました。誰に似たのか高所恐怖症の息子でしたが、自覚がないのか、滑り台をするすると上っていきました。

いざ上に立つと、急に怖くなったのか、泣きじゃくって降りてくることができなくなってしまいました。そのとき、です。

幼稚園に通うお兄ちゃんが、助けにきてくれたのです。「大丈夫だよ」と声をかけながら、息子の手を引いて降ろしてくれました。4歳か5歳か、息子とそれほど違わない小さな男の子が、息子を優しく連れ降ろしてくれたのです。

その幼稚園では縦割りのグループがあり、お兄ちゃん、お姉ちゃんが年下の子供たちと遊んでくれる機会があると聞いていたので、きっとそういうので慣れているのだろう、と思いました。

来年、息子が幼稚園に通うようになると、こんな風に成長するのだろうか、と、そのお兄ちゃんがたくましく思えました。

そして先週末。

日よけで庭にはってあるシートを外すということで、何人かの父兄が集まり作業をしました。その後、息子もやってきて、園庭開放で遊んでいました。

アスレチックの遊具のそばで遊んでいると、小さな男の子が丸太の吊り橋の上で動けなくなってしまったのです。「パパー」と呼べども、「ちょっと待ってー」と上の子を面倒を見ているのか、小さな男の子の窮状に気付きません。

その時、息子が「ぼくが助けに行ってくる!」と言って、遊具を駆け上がって行きました。

「大丈夫だからね」と声をかけながら、立ち往生している男の子の手を引いています。「ほら、大丈夫だったでしょう!」と満面の笑顔でぼくのところに戻ってきました。

「よくできたね!」と声をかけつつ、あの日、自分がお兄ちゃんに助けてもらったことを覚えていたのかな、とそんなことを少し思いながら、頭をなでました。

目に見える成長ではなく、心の成長に気付いた瞬間でした。