2011 10 08 0947

10月5日にApple創業者のスティーブ・ジョブズが亡くなりましたが、少しずつ、逸話のようなものが語られるようになってきました。シリコンバレーにある「陣匠(じんしょう)」という寿司屋の職人が、生前の最後の姿について語っています。

スティーブ・ジョブズ氏:すし職人が明かすサービスへのこだわり 「おいしかった。またね」が最後にという記事になっています。

08年夏のランチタイム。1人でふらりと来てカウンターに座った男性客は、やたらと質問が多かった。「このサバはどこから来たの?」「冷蔵庫の魚は、カウンターのと同じもの?」。注文のたびに細かく確認し、新鮮な魚と分かると、うれしそうに味わっていた。それがジョブズ氏だった。

シリコンバレーのスタンフォード大学のそばにあるという「陣匠」に、スティーブ・ジョブズは一人でやってきたのだそうです。

「握り以外にもエビの天ぷら、ざるそばを注文し、オレンジムースで仕上げるのがパターン」だったものの、食欲が落ちてきた頃の話も語られています。

食欲がガクンと落ちたのは、3度目の休職をした今年1月の前後から。握りを少しつまんだだけで鍋焼きうどんを頼むようになった。相棒の金子さんが一緒に写真を撮りたいと頼むと、ジョブズ氏は考え込んで「もう少し太ってからでもいい?」とやんわり断った。

そして、公の舞台から姿を消すと「6月下旬から7月初めまで、多い時は週3回来ていました。3~4人ぐらいの少人数で」と店の予約が増えたのですが、これは“お別れ会”だったようです。

「おいしかった。またね」。いつもの感じで店を出て行った。それが最後に見たジョブズ氏になった。

ジョブズ氏:すし屋で友人と「お別れ会」週3度も 今年夏という記事にもなっているのですが、

ジョブズ氏は大学を中退後、カリフォルニアで禅を教えていた2人の日本人に出会い、禅に傾倒。永平寺(福井県)で出家しようとして止められた。結婚式も仏式で、お経をあげたほどだ。

というくらいに、日本の文化を気に入ってくれていたようです。お忍びで京都を何度も訪れ、旅館「俵屋」を定宿とし、娘と西芳寺(苔寺)を訪ねていたのだとか。

病床のジョブズ氏たたえたゲイツ氏 刊行の評伝に秘話によれば「君は『すごいモノ』を作った。まぬけ連中がめちゃくちゃにしかけていたアップルを1990年代に救ったのはすごかった」と、ビル・ゲイツがスティーブ・ジョブズを見舞い、語らっていたようです。

今年8月24日の定例取締役会。衰弱ぶりを人に見られないように注意しながら来社し、車いすで会議室に向かった。簡潔を尊んだジョブズ氏らしく、わずか8センテンス(文)の文章を読み上げただけ。何週間にもわたって口述筆記で修正を繰り返してきたものだった。

なんとも切なくなります。

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そこに突然、伏字のリリースだったから驚いた。わけが分からないまま、隅々まで眺めていると、1カ所だけ消し忘れたように「NeXT」の文字が残っていた。見た瞬間に「スティーブ・ジョブズだ」と直感した。今思えば、それが復活の始まりだった。