解雇社員が独自に開発、アップルの『グラフ計算機』秘話という記事より。

アビツール氏は、米アップルコンピュータ社のカリフォルニア本社に6ヵ月間、内緒で出入りして、ソフトウェアのプログラムを書いていた。幸運と、がむしゃらな努力の甲斐あって、このプログラムは現在市販されているあらゆるマックに今なお組み込まれている。

プログラマーのロン・アビツール氏は1993年、「出勤してきた社員の後ろにぴったりついて敷地内に入り込む」という方法でAppleの警備をすり抜け、空き部屋で「グラフ計算機」を開発していたそうです。週7日間、12時間/日働き、自分だけでなく失業中だった友人、さらには下請けプログラマーまで雇い開発チームまで設けていたそうです。

解雇された元社員が勝手に会社に侵入してプログラムを開発しているなんて、犯罪ですよね、コレ。そういうのが許される時代だったのかなぁ、と思いつつも、Appleのセキュリティチェックが弱かったのか、なんて一方では思ったりも。

それはさておき、なぜApple内部で開発しなくてはならなかったかというと、

開発を続けるためには、アビツール氏はアップル社の新しい『PowerPC』(パワーPC)チップを使う必要があった。試作品は社外に持ち出せないことになっていた。

と、このような理由があったからなんだそうです。

アビツール氏とロビンズ氏の2人は当初、もといたオフィスで作業し、解雇後も使用可能だったセキュリティー用電子バッジを使っていた。結局これはバレて、社員章も無効にされたが、その後も2人は毎日、こっそり忍び込んで空き部屋で作業し続けた。

しかしこの後も侵入を続け、Apple社員もさまざまな支援をしてくれたんだとか。「社員の多くは、自分も愛着あるプロジェクトが潰された経験を持ち、2人に同情的だった」

アビツール氏とロビンズ氏はさらに多くの助力を得て、半年後には完成間近にまでこぎつけた。そしてこのころ、アップル社の幹部の一部がソフトウェアの可能性に目をつけた。当時、新しいPowerPCチップに特化して書かれた唯一のアプリケーションだったこの計算機プログラムは、PowerPC搭載マシンの速度を示す重要なツールとなる可能性があった。

最終的にはApple幹部の目に留まり、再び契約社員としてのバッジを手に入れることになるのですが、このお陰でソフトウェアは完成し、「名ばかりの報酬」を受け取り、2,000万台ものマシンに搭載されたそうです。Appleらしい逸話と言えば、Appleらしいかもしれません。

ちなみにこの原稿は、アビツール氏自身が書いて雑誌に投稿したけれど採用されず、ウェブサイトに掲載したものなんだそうです。